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米軍「トモダチ作戦」の先駆けは有井麻矢医師の奮闘だった

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朝刊トップを見て驚きました。

医薬品輸送、女性医師が米軍を動かした
http://sankei.jp.msn.com/politics/news/120317/plc12031721250013-n1.htm


大地震から5日、日本医師会には
被災地から医薬品の要請が相次いでいました。
日医は製薬会社の協力により、医薬品の確保は出来たものの、
現地に届ける手段がありませんでした。
8.5tもの医薬品です。
当初考えていたのは、航空自衛隊に要請すれば、
力を貸してくれるはずというものだったようですが、
期待通りにはいかず、
その膨大な物資を届ける手段を失ってしまいます。

そこにたまたま居合わせたのが有井麻矢医師(31)。

米軍に協力要請できるかもしれません

当時の有井医師は米エール大学所属、
そしてハーバード・ヒュマニタリアン・イニシアティブのメンバーでした。
http://hhi.harvard.edu/
彼女が一時帰国したのはこの前日の15日、
米軍の協力を得るべく、エールとハーバード大学などの伝手を頼りに
電話とメールを繰り返し、米大使館から返事が来たのが18日のこと。
そして、輸送がその翌日と決められました。
ようやく医薬品を被災地へ運ぶ事が出来ることとなりましたが、
この時、米軍の担当者から思わぬ言葉を聞いたそうです。

ありがとう

有井医師は自分たちがお願いしている立場なのに、
なぜ感謝されるのかが不思議だったそうです。
医薬品輸送は大震災発生後、
横田基地から初めての大型支援作戦でした。
彼女は米軍も活躍の場を求めていたのだと感じたとのこと。

届けられることになった医薬品、
しかし、直前になって

米国際開発局が最終的に承認しなければ、我々は動けない

こんなメールが届きました。
輸送要請の申請書を提出しなければ、
その承認が出ないと聞き、慌てて書類を作成し、
米国際開発局の承認が下りたのが1時間後。

出発当日朝、米軍と連絡を取り合っていたところへ電話がかかってきました。
電話の主は彼女のお母さん。

彼女の母親が知らせてきたのは、
彼女の祖母が亡くなったということでした。

彼女は輸送機に同乗することになっていました。
日本語と英語が出来る人間が必要でした。
それは彼女しかいませんでした。

しっかりしなければ

トイレで5分間、泣いたそうです。


医薬品を積んだトラックがパトカーに先導されて、
横田基地へ入ります。
あらゆる部署から何十人も駆けつけ、
荷下ろしから輸送機への積み込み作業をします。
そんな米兵たちが口々に語ったのが

私たちはオバマ大統領に日本の人道支援のためにと集められたチーム。人命を助ける作戦に参加できてよかったです

という言葉。
彼らの顔には誇りが満ちあふれていたそうです。

横田基地を離陸した輸送機は岩手・花巻空港に着陸しました。
しかし、次の目的地の仙台空港は照明を失い、
管制塔の指示だけが頼りに着陸するのかと緊迫するなか、
滑走路に誘導の明かりが点りました。
自衛隊です。
自衛隊が医薬品の陸送も担う事となりました。

その後も有井医師は、医薬品以外でも被災地に足りない物資、
問題を解決すべく活動されていたそうです。



Operation Tomodachi - emblem



蛇足。

最初になぜ航空自衛隊が断ってきたのかが気になったので、
当時の状況を考えてみるんですが、

空自航空機被害、最大2300億円…松島基地
http://www.yomiuri.co.jp/national/news/20110319-OYT1T00004.htm

この松島基地が機能しなくなったことで、
空自が動けなくなっていたのではないでしょうか。
陸自や海自なら動ける輸送機があったのではないかと思うんですが。
もしも、そうであるならば、
空自から陸自、海自へ要請されてしかるべきのようにも思います。

トモダチ作戦では、米国軍人として力を貸して下さった方々が主ですが、
中には休暇を取ってまで、被災地に来られた米軍人が多数いらっしゃったとか。
その中には女性兵士が多く、そういう彼女たちは
日本の自衛隊には女性隊員が少ないということで
女性ならではの支援のために被災地入りされたようですね。



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