これは19世紀フランスの画家、
ギュスターヴ・モローの名作「一角獣」です。
乙女の前に現れるというユニコーン。
ここには3頭のユニコーンが描かれています。
これは伝説の中でのみ存在する動物ですが、
実在のイッカクは北極海に住んでいます。
イッカクを食用に捕らえているイヌイットでさえ、
出会う事さえ難しいというイッカクですが…
このイッカクはクジラの一種、
その名前にもなっている「一角」の"角"は長さ3mにもなるとか。
最大級のイッカクの全長が4.5mほどなので、
相当な大きさで重さも10kgにもなります。
メスはこのような姿。
これはオスのみが備えているものだったんです。
これがイッカクの"角"。
この"角"が初めてヨーロッパにもたらされた時、
誰もが伝説のユニコーンの角だと考えました。
この"角"の正体は何なのでしょうか?
こちらが頭部の骨格標本です。
よく見ると上顎から"角"が伸びているのがわかります。
実は角ではなく、前歯なんです。
詳しくは上顎左側切歯が伸びてこのような状態になります。
なぜか左にねじれてもいます。
なぜねじれているのかは、今も不明ですが、
なぜこんな牙があるのかについては分かってきています。
少し前までは、外敵から身を守るため、
狩りのため、氷を割るためという説がありましたが、
外敵対策としては役に立たないし、
獲物を牙で突き刺したところで、
それを口まで持ってくる手段がありません。
呼吸のためにイッカクが氷を割るという事実は確認されているものの、
それは頭で氷を割っているイッカクの姿でした。
この動画の2分50秒ぐらいのところで、
2頭のイッカクが水面から牙を突きだしています。
これがこの牙の使い途なんだそうです。
ところで、このイッカク、
江戸時代には既に日本人もその存在を知っていました。
オランダ経由で、この牙が輸入されていたんです。
天然痘やコレラに効くとして高く取引されていたとか。
このような本「一角纂考(いっかくさんこう) 」もあります。
1795年の刊行のイッカクの専門書です。
生態から牙の薬効まで書かれています。
調べてみましたら、
早稲田大学のサイトでそれを見る事が出来ます。
http://archive.wul.waseda.ac.jp/kosho/ni15/ni15_00795/
関係ないんですが、この「一角纂考」も収められている
「六物新誌」というものがあるらしく、
その著者が蘭学の開拓者の前野良沢と杉田玄白の弟子、大槻玄沢なんですね。
それを見ていますと、
人魚の挿絵に司馬江漢の銘と落款を見つけてまた驚きました。
閲覧とPDFでダウンロードも出来ますので、ぜひ。
http://archive.wul.waseda.ac.jp/kosho/bunko08/bunko08_b0004/
イッカクに話を戻しますと、
こういう骨格の絵もあるんですが、
こういうヘンな絵もあります。
牙が2本もあります。
実は実際に二本牙のイッカクは存在しているんです。
だいたい500頭に1頭の割合で出現するだとか。
これが二本牙の標本。
鎖国下の日本人は既にそんなことも知っていたんですね。
さて、この長い牙の使い途ですが、
このように高く掲げて使用します。
これがオス同士の戦いなんです。
シカやウシの中には、角を衝突させて、
優劣を競う種がいますけれど、
基本的にイッカクは牙と牙を当てません。
ただ高く掲げて見せるだけです。
大きい方が強いオスであると同時に、
水面よりも、より高く上げられる個体が上位となります。
牙を高く掲げるということは、
無理のある泳ぎ方をしなければなりません。
それが出来るオスが優れているという訳なのでした。
一方の負けたオスは、この牙で相手の背中に触れます。
それが負けを認めたことの証になるんだとか。
2時間ほどの続いたこの牙比べに勝利したオスは
メスへのアプローチを始めます。
この時にも、牙には重要な役割があります。
ゆっくりと、メスの背中の上を牙を往復させます。
まるで撫でているかのようです。
これがイッカクの牙の意味だったんですね。
攻撃には使用しないこの牙を持つオスは、
クジラ類では珍しくも、
子育てにも参加するんだそうです。
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