今回は戦乱の中で戦っていたのは男だけではない、
という1年前のお話の続篇のような回でした。
強く!激しく!美しく! 戦国を生きた女たち
http://ameblo.jp/thinkmacgyver/entry-10923761836.html
http://ameblo.jp/thinkmacgyver/entry-10924737857.html
このブログでも、かなり
面白い方
を選んでいるつもりなんですけれど、
今回のヒストリアの「ツンデレ」は
「無双」シリーズのイメージですよねえ。
…PS2「戦国無双」の画面がまた使われていました。
でも、このシリーズで、
立花誾千代がツンデレキャラになったのは、
PS3/Wii「戦国無双3」からなのかも?
「戦国無双2」で初登場した彼女は、
もともと凜々しく気高いキャラでしたけれど、
「3」から旦那の立花宗茂が登場して、
素直じゃない女キャラになりました。
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この時代の女性たちの記録は少なく、
この番組でも自由な解釈となっていました。
いろいろ補いつつ、記事にしていきたいと思います。
立花誾千代は1569年肥後国にて、
立花道雪の娘として生まれています。
道雪は大友家の庶流で重臣。
番組で紹介されたとおり、
父・道雪からこの娘は立花城の城督・城領・諸道具の一切を譲られています。
城の責任者であり、権利者であり、
戦道具は彼女の所有となりました。
道雪には男子が生まれず、
調べてみますと、誾千代には姉がいたそうですが、
早世していて、彼女が継ぐことになったようです。
現代人の認識では、武家に跡継ぎの男子がいない場合、
親戚筋から養子をということになりそうで、
主の大友家からも養子を取れと繰り返し促してきていたようです。
道雪60歳、ついに男子誕生を諦めた彼は、
娘・誾千代に家督を譲ります。
その時、誾千代7歳。
誾千代は聡明で武芸に優れた娘であったそうです。
その才に立花家の未来を托すことにした訳ですが、
さすがにこの年齢の女の子が城主というのは、
前代未聞だったのかもしれません。
しかし、女性が家督を継いだ例は、相当数あったとされています。
以前、井伊直政についてお書きしました。
ひこにゃんのひみつ! ~井伊氏の歴史 -直政と直孝-~
http://ameblo.jp/thinkmacgyver/entry-11240902154.html
この井伊直政、母親の名前は井伊直虎といいます。
正確には、はとこで養母なんですけれど、
井伊直虎は男名前の女性ですが井伊家当主でありました。
男子がいない場合、
分家などから養子を迎えるという選択もあるんですが、
自分としては血を分けた我が子に継がせたいというのが人情で、
それに、養子がやってくることで、
後々、家中で継承者争いや派閥争い、
分家が本家を乗っ取るような事が起きることを懸念したため、
娘に家督をというケースが時々見られたようです。
立花家の当主となった誾千代、
彼女は武芸に優れながら、
人の情けを知る慈悲深い主であったそうです。
しかし、世は戦国。
九州の地も平和ではありません。
島津家が九州の覇権を握るべく、
大友家を攻撃してきました。
立花家は大友家の有力家臣、
この戦が彼女の転機にもなりました。
島津軍に圧される大友の軍、
道雪は考えました。
このままではいずれ立花も島津に飲み込まれてしまう、
ならば、武勇に優れた家から婿を取り、
合力して島津に当たるが良策である、と。
立花家と同じく、大友家の庶流に高橋家がありました。
立花家が筑後で高橋家が豊後の家になります。
その当主・高橋紹運(じょううん/しげたね)の嫡男・宗成を婿とします。
紹運にしてみれば、跡継ぎを婿にくれと言われ、
当然断るんですが、戦上手で武技に長け、
温厚であった宗成に惚れ抜いていた道雪は、
繰り返し頼み込み、とうとう婿として迎えることとが出来ました。
1581年、
誾千代、13歳。
宗成、15歳。
ここで立花家の家督は夫・宗成に移ります。
この後、この夫婦は不仲だったというのが一般的なようです。
しかし、それでは番組にならないし、
実はそうでもなかったのかもしれないので
(後々の宗成の行いから)
そちらは無視して参ります。
婚儀が行われた時期も、
島津軍の大友領の侵食は続いていました。
1585年、立花道雪はそんな戦の中、陣中にて病死、
翌年、宗成の実父・高橋紹運は島津軍に討たれてしまいます。
九州全土を統一する勢いの島津軍に対抗すべく、
大友宗麟は豊臣秀吉に援軍を乞いました。
関白・秀吉は両軍に対し停戦令を出しますが、
島津側がこれに従わず、豊臣は九州征伐に乗り出します。
一方、島津の猛攻は立花誾千代の立花城を大軍勢で包囲していました。
島津軍は開城と明け渡しを要求しています。
対する誾千代が選んだのは、
籠城戦でした。
しかし、戦力差は明らか。
そこで誾千代は男たちの軍とは別に、
侍女たちで構成する「女軍」を編成し、
彼女がそれを指揮することで、戦力の増強を図りました。
籠城20日。
必死の抵抗に手を焼いた島津軍が立花城を諦め、
包囲を解き後退し始めたその時、
城から飛び出した宗成の隊が島津軍を追撃、
次々と領地を取り返したそうです。
誾千代18歳。
宗成20歳の時の事でした。
その後も彼は秀吉の九州征伐で活躍し、
九州平定を成した豊臣秀吉は立花宗茂のその武功に
その忠義、鎮西一。その剛勇、また鎮西一。
さらに、
九州の逸物
と讃えただけでなく、
大伴氏の家臣である彼を
秀吉直臣としての大名に取り立てています。
…立花家のお話は続きます。