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コヤブ歴史堂~にゃんたの(秘)ファイル~「こんな貴族もおったのにゃ~」+ラジオ歴史堂

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この回のコヤブ歴史堂は全編シモの話でしたので、
御覧になる場合はお気を付け下さい。
ラジオのほうは皆無でしたけれど。


・源隆国

平安時代後期の公卿ですね。
藤原氏として栄華を極めた道長の長男・頼通の側近。
権大納言にまでなった人で「宇治大納言」と称されます。
「今昔物語集」の作者とも言われています。

毎朝、って、
毎回、れていた貴族がいた


「古事談」より

隆国さんは、後一条天皇のお着替え担当のリーダーです。
毎朝、天皇のキンタマを探しては触っていますので、
天皇は毎度、「なにしてんねん!」と
隆国さんのアタマをはたき、
冠をフットばしておられます。
これ、毎回、やってますねん。


後三條天皇は白河の父親で前の天皇ですね。
番組では少しでも上品に「キンタマ」としていましたが、
原文は

隆国卿頭と為て、御装束に奉仕す。先に主上の御玉茎を探り奉るに、主上隆国の冠を打落とさしめ給ふ。敢へて事と為さずして本取を放ちて候ふ。是れ毎度の事なり

ですので、正確には陰嚢ではありません。
古事談には男色がらみの話が多数あるらしく、
また、それが特に珍しい話でもなかったんでしょうけれど、
こはにわ先生によりますと、この場合は違う、とのこと。
ただ単にふざけていたのだろうということなんですが、
この話はこれだで終わっていて、
前の件もなければ続きの話もなく、
唐突にこれが出てくるとのことで、
なぜ、こんなものが残っているのかが不思議だそうです。
こんなエピソードがある彼ですが、
後に権大納言となり、
今でいえば、官房長官クラスの要職を任されることになるようです。

以上、

毎朝、帝のキンタマをイジって、
毎回、頭をどつかれていた貴族がいた


でした。



・平貞文

時代は遡って平安中期9~10世紀の人。
桓武天皇の玄孫です。
歌人として知られ「古今和歌集」に9首、
「勅撰和歌集」に26首が入集しています。

好きな女を忘れようと、
たが、
逆に、もっと好きになった貴族がいた


「今昔物語集」より

平貞文は人呼んで「平中」。イケメンのプレイボーイで、
娘、人妻、キャリアウーマン、なんでもござれ。
その頃、本院に勤めるOLに素晴らしい美女がいた。
本院に出入りしていた平中はも、彼女の噂を聞きつけ猛アタック。
ラブレターまで出したが、答えはNG。
諦めきれない平中は、ふと
「あの女も出す便は人と一緒やろ。それを見てこの恋心を断ち切ろう」
と思いつき、隙をみて、彼女の使用直後のおまるを強奪した。
「開けよか…やめよか…」しばし苦悶の末、おまりを開ける平中。
突如、鼻をくすぐるスパイシーな甘い香り。
「うそやん!?」と思って中を見ると、
指の大きさほどの極上スイーツのようなモノがつゆだくで3つ。
木の枝でつっついてみると、お香のように香ばしい…
平中の心はすでに尋常ではない。
木の枝に突き刺して、先っちょをなめた。少し苦く甘かった。


女と見れば手を出そうとしていたらしい「ヘイチュウ」。
あの在原業平と並び称されるとも。
そんな平中が本気になった彼女はどうやら、
フッた彼が自分の大便を狙っていると悟ったらしく、
心太やお香などで偽物を作成、
これをおまるの中に入れていたそうです。
なお、これが記されている「今昔物語集」の作者は、
(一説には)上で天皇の股間をまさぐっては殴られていた源隆国だったり。

以上、

好きな女を忘れようと彼女のトイレの中身を見たが、
逆にもっと好きになった貴族がいた


でした。




・藤原?行綱

たぶん藤原?、ということで、
番組ではこう書かれていました。
平安中期の人で、
藤原南家の漢詩人で文章博士の藤原実範の子だと考えられています。
兄・家綱と行綱は猿楽師で、即興で芸を見せていたりしていました。

「宇治拾遺物語」より

堀川院でお神楽が催された夜のこと、幹事の役人から
「今回はあらびきでええから、何か珍しいことしてよ」と
言われた家綱は弟の行綱を呼んで、
「最近夜も寒いし、焚き火の前でキンタマ出して、
『あ~寒ぶ、寒ぶ!ふりふり金玉炙ろうぞ』って言いながら、
焚き火を三周すんのってどう?」というと行綱は、
「おもろいけど、帝の前でキンタマはどうやろ」と言う。
「確かにそやな。他のことにするわ」と家綱も答えた。
さて本番。「珍ネタ」に、帝や観客たちの期待がふくらむ中、
家綱が、普通のネタでタダすべり、すぐに引っ込んだ。
帝も「何だこれは」と思っている所へ、「行綱参ります!」の声。
寒々しい恰好をした行綱が出てきたと思うと、
袴を掻き上げて、下半身を剥き出しにするや、
「あ~寒ぶ、寒ぶ!ふりふり金玉炙ろうぞ」と言いながら、
焚き火を十周したので、帝も大勢の観客もどっかん大爆笑した。


「ふりちうふぐりをありちうあぶらん」となっていますので、
こちらは陰嚢のようです。
まあ、今も困った時には服を脱ぐ、
あるいは酔うと脱いで踊りたがる人がいたりしますけれど、
千年近く昔も、そうだったんでしょうか。
人間、あるいは男というものは変わらないのかもしれません。

以上、

帝を笑わせるためにキンタマを炙った貴族がいた

でした。







続いては「小籔・にゃんたのラジオ歴史堂」

藤原道長は怖い夢を見たことにして仕事をサボった

栄華を極めた道長でしたけれど、
何度もこれを理由にしていたようです。
この時代、夢見というのはとても重要視されていて、
慶事、凶事の予兆として考えられていたのでしょう。
そして、そうであるからこそ、
それを口実にしていた歴史もあります。
そう思って検索していましたら、
こんな本が見つかりました。
こういう物が目に留まりますと、読んでみたくなってしまいます。





吉田兼好はラブレター代筆のアルバイトをしていた

歌人、随筆家として知られ、
何といっても「徒然草」で有名です。
足利幕府の執事に高師直(こうのもろなお)という人がいて、
彼が塩冶高貞という人の奥さんに惚れてしまったそうです。
師直は吉田兼好に艶書(恋文)を書かせるものの、
その奥さんはそれを拒絶、
吉田兼好も出入り禁止になってしまいました。
とばっちりのような話ではあるんですが、
この話は事実かどうかはともかくとして、
有名な話なので、続きをお書きしておきます。
人妻にフラれた師直は逆ギレ、
夫・塩冶高貞に謀反の罪を着せて、
塩冶一族を滅亡させた…、と「太平記」にはあります。
ここまで来ると、兼好も責任を感じたりしたのでしょうか?


今週、テレビのほうはお休みのようですね。
ラジオのほうはありますので、
こちらは引き続き「貴族SP」を放送するもようです。




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