旬な科学の話題を企画「EROマガジン」の2回目では
2つのテーマが扱われました。
一つ目は細胞を紐のような形状にする技術で、
医療への応用、可能性としては、
人工的な畜肉、つまり、
ウシやブタを殺さなくても、
牛肉や豚肉が食べられるようになるかもしれないという
驚きのお話を聞くことが出来ました。
2つめが根井正利大先生のお話。
昨年の京都賞基礎科学部門を受賞されていますね。
その偉大さのわりに、
生物学に興味のない人にはあまり知られていないんですが、
進化生物学の世界の生ける偉人です。
何が凄いのか、それは数字にも表れています。
かのチャールズ・ダーウィンが論文で引用された回数は
9万回、これもさすがダーウィンというところなんですが、
根井先生はその倍の18万回以上となっています。
彼の凄さともいえるのがこの数式で、
根井先生が開発したものです。
これは
根井の遺伝距離
を求める時に使用するもの。
竹内薫さん曰く、
生物進化のエッセンスを抜き出してきた究極の数式
だと。
生物進化を考える時に、
重要となるのがDNAで、DNAが突然変異を繰り返しつつ、
親から子へと受け継がれてきました。
つまり、DNAの違いを比較すれば、
生物がどのように進化してきたかがわかるはずです。
私たちは無から生まれた訳ではありませんので、
どんな個体にも祖先がいるはずです。
それがどんな祖先だったのか、
どのような変化が起こり、現在に至るのか、
DNAの比較により、それを知ることが可能であるはずです。
しかし、現実にはDNAの膨大な遺伝情報を
全て解析するのは困難です。
そこで登場するのが
です。
これは遺伝距離(D)を求めるための数式。
遺伝距離とは何ぞやということなんですが、
異なる種どうし、ことなる集団どうしの間で、
それらの遺伝子がどれほど近いか、遠いかを表す数値が
遺伝距離です。
たとえば、ヒトとチンパンジーがいつ分かれたのかが
この遺伝距離により知ることが出来ます。
人類はアフリカ大陸で誕生した、なんて言われますけれど、
これも
があったればこその結論でした。
根井先生の弟子に当たる国立遺伝学研究所の斎藤成也教授は
非常にシンプルな式ですよ。
生命現象の基本を理解する。
そうすると、いろんな研究者が使える式が出てくる。
根井さんの研究はブルドーザーで根こそぎ整地したみたいに
もうあとはやることがない。
つまり、これ以上改良することが出来ないくらい
きちっとまとめられた結果を出されているということですね
では、竹内薫さんによる「ZEROからわかる遺伝距離講座」を。
ここではXとYの二つの集団について考えます。
集団とは、たとえば「ヨーロッパに住んでいる人たち」
「アジアに住んでいる人たち」のような概念です。
同じ集団に属しているからといって、
集団内でも遺伝子はそれぞれ違っています。
ここでは、Xに4つ遺伝子のパターン、
Yにも4つの遺伝子のパターンを持つものがいると考えましょう。
これが集団内の多様性に当たります。
XとYを集団として見た時に、
集団Xと集団Yに分かれた後、現在に至るまで
遺伝子にどれほどの違いが出来たのか、
その違いの大きさを表すのが遺伝距離なんです。
では、上のXとYに共通の祖先がいるとして、
このように枝分かれしたそれぞれではあるんですが、
XとYに分かれたのはどの時点でしょうか?
枝分かれが多数あり、
どの時点なのかは判然としません。
そこで根井先生はこのように考えました。
ズボンみたいなものをかぶせたんですね。
こうして見ると、
XとYが枝分かれしたのは、
ズボンの股のところのように見えてきます。
そして、XとYの遺伝距離を求めたいので、
XとYが分かれる前の情報は不要となりますが、
それをやってくれるのが、
この数式ということになります。
しかし、XとYの遺伝距離を考えるにおいて、
必要となるのが、XとYの共通の祖先が持っていた遺伝子に、
どの程度の多様性があったのかという情報です。
残念ながら、私たちにそれを知る方法はありません。
私たちにわかるのは、現在の集団Xと集団Yの遺伝子の多様性のみです。
そこで根井先生は大胆にも
ある集団が持っている遺伝子の多様性は
今も昔もそんなに変わらないんじゃないか
そう考えました。
現在の集団Xの遺伝子の多様性をJx、
現在の集団Yの遺伝子の多様性をJyとしてこれらを掛け、
その平方根を取ります。
つまりは両集団の平均値を求めました。
この平均値が、共通祖先の遺伝子の多様性の近似値であろうと、
根井先生は仮定しました。
そして分子Jxyは全ての多様性の情報とし、
現在の多様性の平均値をさっ引くと、
残るのは
共通の祖先から下の部分、
最終的に集団Xと集団Yが共通の祖先から分かれた後の
遺伝的隔たり、遺伝距離、Dが求められることになります。
根井先生は1970年代初めには、
集団や近縁種の進化的関係の研究に用いることを提唱、
人類の歴史を解析しています。
この数式を用いて、
ヨーロッパ系(西ユーラシア)と、
東洋系(東ユーラシア)が分かれたのが5万5千年前だと推定、
これら2集団とアフリカ系が分かれたのが、
11万5千年前だと推定しました。
もちろん、この数式はあらゆる生物種の遺伝距離に
使用することが出来ます。
一見乱暴に見える割り切りですが、
それが生物進化の真実に迫ることにもなります。
長ったらしい式ではありません。
高校生なら理解出来るような数式です。
僕のやりかたはシンプルな方法です。
ある程度のエラーというのはあり得ると、いつでもね。
だから厳密にやろうという数学的な方法は間違いであると。
何でもですがね、人間は複雑に考えすぎますよね
根井先生のお話です。
そんな根井先生が昨年発表したのが、
突然変異主動進化説
です。
ダーウィンはその環境に適した者が生き残る
自然選択説
を提唱しました。
それよりも突然変異こそが
進化の原動力であるという考えです。
間違っているかもしれんですよ。
将来になるとね。
しかし、自分の信念を貫いて
ちゃんとしたものを書いておくと
研究はいつまで続けられますか?
という質問には、
こう言うとうちのワイフが怒るんですがね、
まあ、死ぬまで続くだろうとね。
何かを遺したいという気があるのかな。
しかし、偉い人はやっぱり死ぬまでやってますね。
ダーウィンもそうだったし。
やっぱり、何かを考えようとすると、
なかなかやめられんのじゃないですか
御年83歳。
まだまだ新しいものを見せてもらえそうです。
生物進化の謎は奥深く複雑ではあるんですが、
偉大な人物がその本質を単純化して
私たちに見せてくれました。
先日の小保方先生の発表にしても、
大胆にシンプルに発想することが大切なのかもしれませんね。
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サイエンスZERO ZEROマガジン 第2号 「根井の遺伝的距離」
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