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ビーバップ!ハイヒール「神様になった日本人」(2)~江戸に向かって自決した大坂の三庄屋~

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将棋のことをあまり知らない人にも
加藤一二三九段は人気のある先生です。
先日、御年77歳の先生の引退が決まりましたが、
一昨日、通算2500対局を記録、
自身の対局記録を更新しました。

その加藤九段の異名に「1分将棋の神様」というものがあります。
将棋の対局には指し手を考えるための「持ち時間」が設けられていて、
この持ち時間を消費して、棋士は思考を巡らせます。
そして、それを使い切ると、
1手1分以内に指さなければならなくなり、
これを「1分将棋」と呼んでいます。
棋士にとっては時間に追い込まれた状況ですが、
九段はここからが強く
「1分将棋の神様」「秒読みの神様」などと呼ばれるようになるものの
彼はこの呼び方をやめてくれるよう頼んだとか。
彼はカトリック信徒ですので、
創造主以外に神はあり得ないということなのでしょう。


さて、1月26日放送

ビーバップ!ハイヒール
神様になった日本人~名も無き男たちが起こした奇跡の物語

http://ameblo.jp/thinkmacgyver/entry-12243975651.html

こちらからの続きです。
番組では数分間にまとめられていましたので、
大幅に増量してご紹介したいと思います。

まだ大坂の陣の影響が残るこの地に
一柳(いちりゅう)太郎兵衛という庄屋がいたそうです。
一説には彼も大坂城で豊臣方についていたともいわれますが、
現在も彼を含む3人の庄屋が「神」として祀られています。


(YouTubeより)



江戸時代初期のこと。
北中島、現在の新大阪一帯には多くの農民が暮らしていました。
米作が盛んに行われていましたが、
その障害となっていてたのが水害です。
元々、淀川、神崎川、中津川に囲まれた低湿地低湿地であることもあり、
大雨があると川はあふれかえってしまいました。
そこで一柳太郎兵衛、西尾六右衛門、沢田久左衛門の三庄屋は
水を逃がすための排水路を設けて欲しいと幕府に願い出ます。
治水工事には軍事上の理由により幕府の許可が必要で
水害さえなければ、1万石以上の米を生み出す農地だけに、
幕府による普請が行われることを期待していた村人たちでしたが、
幕府からそんな予算はないとはねつけられます。

度重なる洪水に飢饉となり、
餓死者まで出る状態に、
三庄屋は費用を自分たちで負担するとして、
再び、幕府に掛け合い、
これが認められて工事が始まります。
しかし、元々、水害で不作に苦しんでいた村人たちであり、
それを束ねる庄屋たちにも、充分な資金があるわけではありません。

三庄屋は幕府に補助金拠出を願い出ますが、
幕府は拒絶します。
それどころか、自分たちで工事を行うと言っておきながら、
泣きついてくるとはと、
工事の許可そのものを取り消してしまいました。

村では死者が増えます。
たまりかねた三庄屋はなんとか資金を工面し、
村の男だけでなく、女、子供、老爺、老女と、
動ける者総出で工事に参加したそうです。
28日間、あるいは50日間で、その距離、5,000間といいますから、
9km余りの長さの排水路を、自分たちの力で掘り続けました。
ここまでに2,000両という大金を費やしたとされます。

しかし、これは幕府が許可を取り消していた工事でした。
幕府は工事の責任者である三庄屋の科として、
死罪を宣告、憤った三庄屋は処刑される前に
現在の淀川区西中島7丁目の細目木(さいのき)という場所で、
江戸の方角を向き、割腹して自害します。
抗議の自害に村人たちに幕府に対する怒りが募っていきます。
このままでは一揆が起きかねないと判断した幕府は、
予算を投入して残りの工事を完了させ、
それが中島大水道となり、
明治32年の淀川改修工事で埋め立てられるまで、
この地域を水害から守っていたそうです。

この工事が着手された3月11日は、
当時を偲んで、この地域の人は全ての仕事を休むという風習があったそうで、
さらに、三庄屋が自決した4月9日には慰霊祭が営まれ続け、
彼らは今も「さいの木神社」に祀られています。






…次は明治の警神・増田敬太郎についてお書きする予定です。






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