落語家の桂歌丸さんが亡くなりました。死因は慢性閉塞性肺疾患とされています。存じ上げませんでしたが、高座にも酸素吸入器を使用して上がっておられたんですね。この病気と話芸は相性が最悪ですので、その厳しさには言葉にできないものがあったのではないかと思います。
COPDについてはこれまでも何度かお書きしてきましたが、またお書きしたいと思います。私自身に喫煙歴はなく、元々、喫煙者に対し、好きならばそれでいいと思ってきましたが、COPDの恐ろしさを知り、考えを改めました。
陸で溺れているような苦しみ
COPDとは慢性閉塞性肺疾患のことで、「Chronic Obstructive Pulmonary Disease」の頭文字からこう呼ばれています。一部の喫煙者を中心に「肺がんと煙草の因果関係は立証されていない」なんていう声がありますが、それに対する反論はここでは置くとして、COPDは違います。その患者のほとんどは喫煙者です。因果関係なんて確認する必要がないほど、喫煙と深い関わりがある病気です。
煙草の煙には約4,000種の化学物質が含まれ、中でもニコチンやタール、一酸化炭素が人体に悪影響を及ぼします。これらの物質が気管支や肺を傷つけ、気管支では炎症が起き、肺では肺胞の組織が壊れます。その結果、吸った空気が出て行きにくくなったり、血管が酸素を受け取りづらくなったりして、ガス交換が上手くできなくなることで息をしても息苦しさを感じるようになります。
その息苦しさを喩えた言葉に「陸で溺れているような苦しみ」というものがあります。水中で私たち人間は呼吸できませんが、陸上にいるのにずっと息苦しさを感じ続けることになります。
様々な合併症・併存症が多いCOPD
もちろん、息苦しいだけではありません。日本人の死因の統計を確認しますと、COPDは男性で8位、女性で18位、全体で10位となっています。歌丸さんのようにCOPDは死因になり得る病気なのです。
COPDはこの病気が元でかかりやすい合併症や、原因ではないかもしれないものの注意すべき併存症がたくさんあります。最も注意すべきは肺がんで、心筋梗塞や狭心症などの虚血性心疾患、脳梗塞や脳出血などの脳血管障害にもかかりやすくなります。さらに糖尿病、骨粗鬆症のリスクも上昇します。また、COPD患者のほとんどは痩せていて、それもこの病気の恐ろしさの一つとなっています。
COPD患者は慢性的に酸素が足りない状態ですので、脳はもっと息を吸えという指令を出し、呼吸筋が健康な人よりも仕事量が増加します。しかし、常に息切れ状態では食事の噛む、飲み込むといった運動でさえ息苦しくなり、さらに日常生活における運動もできませんので、食欲不振となります。
運動しないことにより筋肉量が低下、胃腸の働きも低下、食べ物などが気道に入ってしまう誤嚥が起きやすく、抑うつ状態になる場合もあり、ほとんどのCOPD患者は痩せてしまいます。そもそも、酸素が足りないために呼吸筋の活動を活発化させようとしているのに、食欲不振などを原因として呼吸筋の筋肉量まで低下するという悪循環が起きることになります。COPD患者は生命予後が悪いと言われます。つまり、寿命が短いと言われているわけです。
早期なら進行の抑制が可能・合併症の治療が可能に
現在、日本COPDを患っている人は500万人以上だとされています。自身がCOPDを患っていることに気付いていないことも多く、この病気の知識の周知が課題となっています。たいていのCOPD患者は、進行してから医療機関を受診していて、そうなるとできることが限られてきます。
COPDだと診断されても、もしも、それが早期ならその進行を抑制することが可能です。さらに合併症や併存症の治療や管理が可能になります。COPDという病気があることを知っていれば、その苦しみを最小限に抑えることができます。COPDという病気の恐ろしさを知れば、喫煙者は禁煙を考えるでしょう。また、喫煙歴がない人が受動喫煙でCOPDだと診断されるケースもあり、乳幼児突然死症候群(SIDS)に関わっているというデータもあります。
苦しまずに済んだ晩年があったのではないか
「陸で溺れるような苦しみ」「肺がんよりも恐ろしい病気」とも言われるCOPD。桂歌丸さんは在宅酸素療法(Home Oxygen Therapy)、通称HOTを続けておられました。自宅では酸素濃縮装置が、外出時にはボンベが欠かせません。高座ではボンベから酸素供給を受けておられたのでしょう。藤田まことさんの死因は大動脈瘤破裂でしたが、亡くなる前年にCOPDを理由として出演予定だったドラマ「JIN-仁-」1期を降板。COPDは未破裂大動脈瘤の破裂リスクを上昇させます。
桂歌丸さんの享年は81。歌丸さんが亡くなったことについて、もうお年だから仕方ないという声も一部ありましたが、そんなことはありません。もっと長生きできた可能性に加え、もっと苦しまずに済んだ晩年があったはずなんです。そんな苦しみに遭わないために、より多くの人にCOPDという病気の恐ろしさを知って欲しいと思います。
COPDってなに? なかの呼吸器・アレルギークリニック
COPD(慢性閉塞性肺疾患)について知ろう ~認知度向上の意義~
高知大学医学部附属病院
http://www.kochi-ms.ac.jp/~hsptl/kouhousi/column/copd.html
「COPD(慢性閉塞性肺疾患)」と言われたら…―お医者さんの話がよくわかるから安心できる 1,620円 Amazon |
肺の生活習慣病COPD せき・たん・息切れが気になる人へ (別冊NHKきょうの健康) 1,080円 Amazon |