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源平合戦ゆかりの"おもろい寺"須磨寺に行ってきました

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10日土曜、突然、どこかへ行きたくなって、
人が多くないところはどこかと考え
思いついたのが須磨寺でした。
テレビでは何度もその奇妙さを見ていましたが
なかなかの"おもろい寺"でありました。

須磨寺は真言宗のお寺。
平安前期創建で源平合戦ゆかりとして有名で、
豊臣秀頼が伽藍を再興し、
その際の普請奉行は片桐且元だったとか。

貴重な歴史の遺物からご紹介しますと、
一ノ谷の合戦で討ち取られた平敦盛のものと伝わる笛が展示されています。
青葉の笛と髙麗笛の2本で
元は空海が唐から持ち帰り嵯峨天皇に献上、
それが平家に渡ったともいわれています。

一ノ谷の合戦の頃の敦盛は16、あるいは17歳だったとされ、
元平氏方で源氏についた熊谷直実は
年若い身なりの美しい鎧武者を見つけ
直実には同じ年頃の息子がいたことから
首を取れずにいました。

直実は誰何するものの、
敦盛は目の前の敵が直実だと悟り、
答えませんでした。

そうこうするうちに、味方の軍勢の声が聞こえ、
供養することを約束し直実は敦盛の首を刎ねました。
そして、彼が腰に差していた笛とともに陣へと持ち帰ります。

陣で首実検をした源義経はそれが平清盛の甥、
平敦盛の首だと認め、
毎夜のように敵陣から美しい笛の音の主が敦盛だったことを悟り、
皆が皆、涙したそうです。

後に熊谷直実は出家し、
浄土宗の開祖である法然の弟子となったそうです。

平家物語で歌われる青葉の笛では
須磨寺で松尾芭蕉や与謝蕪村、正岡子規も歌を詠んでいるらしく
芭蕉の句碑もありました。

須磨寺や吹かぬ笛聞く木下闇

 

 


この須磨寺は源氏方の陣となっていたということで、
ここには敦盛の首を洗ったとされる池と
首実検の際に義経が腰掛けたとされる松もあり、
敦盛の首塚もあります。

 


なかなか見所の多いわりに、
想像通り観光客が少なく
穴場なのではないかと思います。
ただ、もうそろそろ紅葉、黄葉の季節ですので
増えているかもしれませんね。

そんな歴史を見ることができるのですが、
"おもろい寺"としての須磨寺の顔も見ることができます。

まず、この寺はマニ車(マニコロ)がいくつもある点が奇妙でした。
マニ車は回すことで経を唱えるのと同じ功徳があるとされる仏具ですが

 

 

この亀の背中に乗っているのもマニ車なんだそうで
七福神が彫られています。
注意書きには亀には乗っても良いが
七福神に乗るとバチが当たるとしています。

 

 

こちらは「五猿」。
像の頭を撫でるよう書かれてあり、
なでるとそれぞれが動きます。
よく見ると、頭頂部にセンサーらしきものが。

そのほか、真面目なところでは
一箇所で四国八十八箇所巡りができる施設などもありますので
ぜひ、一度、足を運んでみて下さい。
山陽電鉄須磨寺駅から徒歩5分の場所にあります。

ところで、須磨寺の仁王門の前にある塔頭の正覚院の前に
こんな札が立てられていました。

 

 

 

ところで、須磨寺の仁王門の前にある塔頭の正覚院の前に
こんな札が立てられていました。
この文字の全く意味がわからず、帰って調べようと写真だけ撮ってきましたが
どうやら、お寺の住職やご家族にご不幸があった時に
「山門不幸」の札を掲げるんだそうです…

 

 

 

 

 

 

 

 


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