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タイムスクープハンター 江戸おなら代理人 ~屁負比丘尼(へおいびくに)~ 書き起こし その1

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今回、時空ジャーナリストの沢嶋雄一が飛んだのは、
1734年(享保19年)2月26日、
徳川吉宗治世の時代です。

沢嶋の取材対象は尼装束の女性でした。
年齢は初老ぐらいでしょうか。
彼女は江戸の町の往来を早足で先を急いでいます。

彼女の見た目は尼僧ではあるものの、
職業は全く別で、
「屁負比丘尼」と呼ばれています。

彼女が急ぎ目指していたのはとある海産物問屋。
奥へ通されると、ここの二人の人物がが待っていました。

挨拶を交わす三人。
この比丘尼の名は妙晴。
依頼人は石塚弐右衛門とその妻・ふくでした。

この例に限らず、この比丘尼への依頼の多くは、
年頃の娘を持つ親からのものです。
その娘についてのある問題を解決すべく、
妙晴が呼ばれたという訳なのでした。

この海産物問屋の場合、娘が一歩も外に出ず、
部屋に引きこもったまま三月にもなるといいます。
沢嶋は何があったのかを尋ねてみました。
ふくが言いよどみながら、ゆっくりと口を開きました。

いえ…、実は…良い縁談がございまして…

さらに話を聞こうとしましたが、

その見合いの場で…

夫婦は顔を見合わせるだけで、
その問題が何であるかを答えてはくれませんでした。
そこで沢嶋は、その情況を取材すべく、
三ヶ月前にタイムワープすることにします。


1733年11月29日、その日の水茶屋に着いた沢嶋は、
見合いの現場を確認することが出来ました。
当時の見合いは、
お互いが偶然そこに居合わせたという建前でなされています。

そこには石塚夫婦の他に、としという娘も座っていて、
見合い相手が"偶然"やって来るのを待っているところ。
やがて若い男を連れた夫婦が水茶屋に入ってきました。
としの見合いの相手です。

としにとっては、初めての見合いです。
時々交わされる両者の視線。
緊張感が高まります。
すると、としが体を震わせ始めました。
彼女の様子が変です。

ぷう

静かな水茶屋におならの音が。

顔を赤くしてうつむくとし。
そして、立ち上がり水茶屋を出て行ってしまいました。
慌てて母・ふくが

とんだ不躾で失礼します。

と見合い相手の一家にひと言詫びると、
父母もいなくなってしまいました。


妙晴と両親が顔を合わせている海産物問屋へ戻ってきた沢嶋に、
母・ふくが後悔を打ち明けました。

今から思えばあの時、知らぬ顔で通していれば、
あるいはご先方には気付かれぬまま、
事が運んだかもしれぬものを…


父・弐右衛門も続けます。

せめて、すぐに取り繕って、
私が放った屁だということにでもしておけばよかった。
そうすれば、あれの気煩いも軽いままで済んだであろうに。


顔を歪める弐右衛門とふく。
そこまでを聞き終えた妙晴が顔を上げて口を開きました。

ご安心なさいませ。

彼女は屁負比丘尼。
放屁などの粗相の身代わりになるのが生業です。
両親は最後の頼みとして、
彼女に托してみることにしたのです。

まずは娘・としの様子を知るため、
彼女の部屋を訪れることにしました。
両親に連れられ、としの部屋へ。
母が断りを入れ、中に入るものの、
こちらへ振り向きもしません。
文机の上で、書物を読み続けています。
こうして、ずっと閉じこもっているようです。

そなたに付き添うて下さる尼様の妙晴様がお越しですよ。

母が娘にそう話しかけても、全く反応を返しません。

気分はどうです?

母はそれでも続けます。
しかし、返事はありません。
ついに母は声を大きくして娘を叱りました。

返答をなさい! 不躾にも程がありましょう!

その母の前に笑顔を浮かべて進み出たのが妙晴でした。
としの隣に腰を下ろすと、
彼女が読んでいる書物を覗き込みます。

何をお読みで?

としに問いかけます。

……往来です。

どうやら、彼女は当時「往来物」と呼ばれた
手紙の文例集を読み続けていたようです。
これは習字の教科書でもありました。

良い女手でございますなあ

自分もその往来物の文字が美しいと思うと、
妙晴はとしに話します。

読み書きがお好きですか?

頷くとし。

この妙晴、世間様では科負いとも
屁負いと呼ばれる比丘尼にございます。


ここで自己紹介をする妙晴。

ごひいき様の抱える心の罪科や、
音を立てて放り鳴らすおならの恥も、
みなまとめて、お引き受けするのが務めにございます。


なぜ、自分がここにやって来たのかを明かします。

手前は、それが生業ですので。

そこまで言い終えると、妙晴は両親のほうへと向き直り、

表においでにならんとあれば、
手前も為す術はございません。
本日のところは、これにて。


突然帰ると言い出した比丘尼に驚く両親でしたが、
妙晴は娘の心を思い、ここは一旦引き下がることにしたのでした。


花嫁は 一つひっても 命がけ

当時の川柳です。
斯様に、娘たちにとって人前でのおならは、
死にたいほどの恥でした。
そんなとしに深い心の傷を見た妙晴は、
長期戦を覚悟していたのでした。



二日後の朝、夜に降った雪が溶け、
ぬかるんだ道を急ぐ尼の姿がありました。
妙晴です。
石塚家から呼ばれたらしく、
どうやら、としが会いたいと言っているようです。

早速、彼女の部屋へ。

お呼び立てなど…、不躾にございました…?

細い声で非礼ではなかったか尋ねるとしに、

いいえ、声をかけていただけねば、
生業が立ちません。


と、それが自分の役目だと妙晴は安心させます。

嬉しゅうございますよ。

笑顔で妙晴は続けます。
すると、としは

これといって用向きがあった訳では…

と、何かの目的があって呼んだのではないことを明かします。
もちろん、妙晴は

ええ、ええ。ようございます。

それでも恐縮する必要はないことを伝えました。

先日、尼様が往来の女筆を覗かれて、
即座に良い手跡だと仰ったので、
きっと、往来物に通じておられるのではと。


口を開いたとしは一気に話し始めました。

幾冊も往来を読み進めるうちに…
たとえば、この往来にあるように、
女消息文を美しい手跡で書けるようになればと。


彼女はこの文例を手本に、
美しい文字で手紙を書きたかったもののようです。
そのため、往来物を読み続けていたのでした。

妙晴は娘の中に、一つの意欲を見つけました。
この機会を逃す訳にはいなかいと、
両親に掛け合い、手習いの塾へと行かせてもらうことにします。

顔色が良くない事、
本当に大丈夫かと心配する両親に娘を託された妙晴は、
外に出るということで、緊張してはいるものの、
彼女を連れ出すことが出来ました。
とし、九十八日ぶりの外出です。

未来人には、過敏性腸症候群という病があることがわかっています。
ストレスや緊張が原因で、
腹痛、ガス、下痢や便秘などの諸症状が引き起こされる病気の総称です。
今回のとしの症状の正体を確かめようと、
沢嶋はタイムスクープ社本部の古橋ミナミへと連絡、
当時の食生活についての情報を確認してもらいました。
この時代の江戸の人々は、
豆類、芋類、麦などの穀物といった
食物線維を多く含むものが主食だということがわかりました。
これらの中には、ラフィノースという
消化されにくい低分子炭水化物が多く含まれています。
このオリゴ糖の一種には
ビフィズス菌を増殖させる効果が確認されています。
この食生活も、彼女をさらに不安にさせる要因であるようです。

二人は門前に着きました。門柱には

女筆指南

と掲げられていて、
どうやら、ここでは礼儀作法や躾の指導もなされているそうです。

部屋の中に通されると、
既に5人の女たちが机の前に座っていました。
今日は新参者として、としが加わった訳です。
としの心の中に緊張感が高まります。
心細くて後ろにいる妙晴を不安な顔で見つめます。
妙晴は黙って頷きで安心させようとしていました。

そこへ入室してきたのがたすき掛けをした、
手習いの女先生でした。

妙晴にも部屋の中が張り詰めた空気に満たされたのがわかります。

としを見つけた先生。
彼女に声をかけます。

…としにございます。

小さな声で答えます。

手本は持参でありましょう?

さらにか細い声で

はい…。持ち合わせております…。

と、としは応答しました。


手習いが始まります。
先生は筆は柔らかくもなく、
硬くもなく持てと教えています。
それぞれの生徒を廻り、
厳しい口調での指導が始まりました。
としはそんな先生の声に、
なお一層、緊張していくのでした。

先生がとしの隣にやってきました。

左様に力を抜き、その伸ばしはゆるりと

指導に従い、としが筆を運びます。
すると、今度は

遅すぎまする。

としがやりなおしてみると、

あ、いや、速すぎまする!

と、先生の声が次第に荒くなってきました。

我と我が心を手本に写して、筆の扱いをするのです。

としの緊張感が高まります。
しかし、背後に妙晴がいるからか、
心配していた粗相をすることもありませんでした。
そして、授業も終わりが近くなってきました。
最後に、先生が手習いの肝を話し始めます。
すると、突然、先生は言葉に詰まり、顔を歪ませ…

へっくしょん!

鼻に手をやり、くしゃみを一つ。
となりの助手が懐紙を差し出します。

後ろを向き、その懐紙で鼻をかむ先生、
そして話を続けようとしますが、
そんな話は生徒たち全員の耳に入ってきませんでした。
彼女の右の鼻の穴から、懐紙の屑が飛び出していたのです。

笑うに笑えない生徒たち。
口に手をやり、笑いをこらえます。
としも体を震わせつつも、
笑わないように必死にこらえます。
文字とは何ぞや、筆とは何ぞやと、
大真面目に話す先生の鼻に揺れる白い懐紙。
情況は既に、笑わないようにすればするほど、
面白くなってしまっていました。

話が終われば先生は退室するはず。
話が早く終わればいいのにと願っても、
先生の話はまだ続いています。

笑いを我慢するとしたち。
そんな時…

ぶっ!

誰かが粗相を。

それは、としのおならでした。





…続きます。





ねてしてタペ



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