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タイムスクープハンター 江戸おなら代理人 ~屁負比丘尼(へおいびくに)~ 書き起こし その2

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http://ameblo.jp/thinkmacgyver/entry-11223431264.html

…ここからの続きです。



手習いも終わろうとする時、
師範の鼻の穴に揺れる懐紙の屑が面白くて、
皆は笑いをこらえるのに必死でした。

としにとっては、久しぶりの外出、
そして初めての手習い、厳しい女師範と、
緊張の連続でしたが、
この時、その緊張の糸が途切れてしまいました。
緊張が緩んだ時に、

ぶっ!

と出てしまったおなら。

はっ、と思い顔を真っ赤にしてうつむくとし。

あれま!? これはとんだ粗相を…!

驚いた顔で妙晴が大きな声を上げました。

手前のおならにございます!
いやはや不躾にございました!
比丘尼の不始末、何卒ご容赦願います


彼女は畳に両手を着き、
深々と頭を下げています。
これこそ、屁負比丘尼としての生業なのです。

されど…

頭を上げた妙晴はまだ話し続けています。
その言葉には笑い声が含まれていました。

されど、ご師範様…、お鼻の下に…

妙晴の言葉に、鼻に手をやった師範は
やっとそれまでの自分が晒していた恥に気付きました。

手前どもをわざと笑わせたのでございましょう!?

妙晴は手を叩き、大声で笑っていました。
生徒の皆もはばからず笑っています。
師範も、助手も笑って授業を終えることが出来たのです。

この部屋で恥ずかしい思いをした人物は、
一人も出ていません。
そして、この時のとしの笑顔は、
見合いのあの時以来失われていたものでした。


帰途、としと妙晴はまだあの時のことを思い出して、
笑い合っていました。
まだ足元は雪が溶けてぬかるんでいるというのに、
そんなことにも頓着せず、としの足取りも軽やかです。

今日の女筆指南で知り合った姉弟子から、
としは今が盛りの梅の木の話を聞いていました。
妙晴がひと目眺めてから戻ろうと、
満面の笑顔で喜ぶとし。
跳ねるようにして、その梅の木の方へと向かいます。

完全に笑顔を取り戻したとし。
しかし、足元はぬかるんでいて、
彼女の下駄にまとわりついてきます。
重くなる下駄。
気持ちは軽くなったというのに、
こればかりはと、としも顔を暗くしていました。

橋に通りかかりました。
橋の中程まで来ると、としが泥を払うので、
少し待って欲しいと言い出しました。
欄干の向こうへと泥を落とそうというのです。

左の下駄を脱ぎ、欄干に置きます。
そして、右の下駄を脱ごうと屈んだその時、
欄干の上の下駄が滑り落ちてしまいました。

痛えっ!

橋の下から叫び声が。

慌てて欄干から身を乗り出し下を覗き込むとしと妙晴。

誰でえ! 下駄なんか落とした奴は!?

としたちの下には川船が停まっていました。
岸から上がってくる三人の男。
先頭の男は赤鞘の刀を腰に差していました。
見るからにやくざ者です。

おのれのか! この汚ねえ下駄は!?

橋の上にとしの下駄を放り投げてきました。

おろおろしているとしを右腕で庇い、
妙晴が前に進み出ます。

手前にございます。手前がとんだご無礼を…

深々と頭を下げる妙晴。

おめえのか? どっちでも構わねえ。
頭に当たったんだから、命に関わるかも知んねえよ、なあ。


と、振り返り、舎弟らしき二人に同意を求めます。

銭出してもらおうか

言いがかりをつけつつ、
じりじりと詰め寄ってくる三人のならず者たち。
としと妙晴は恐怖に後ずさりしてしまいます。

出せよ。出せ。

妙晴がとしを庇おうと、
体を間に入れようとしますが、

出さねえか!!

と怒号を浴びせられては、
二人とも身をすくませる以外に出来る事はありませんでした。
しかし、その時、

ぷぅ

また出てしまいました。
緊張が頂点に達し、としの腸が反応してしまったようです。

顔をしかめる赤鞘のやくざ。
鼻をつまみます。

出すもんが違うだろうが!!

すかさず妙晴が

これはとんだ粗相を! 手前のおならでございます!

と、としの身代わりになります。

おのれの屁か!?

怒りに顔を赤くするやくざ。

比丘尼の不始末、何卒、ご容赦願います…

何度も何度も頭を下げる妙晴。
そんな妙晴をやくざは罵ります。

春を売る分際で、今更ご容赦もねえだろ!!

その言葉に、彼女の体は固まってしまいました。
ゆっくりと顔を上げた妙晴を嘲笑いつつ、
男はさらに罵りの言葉を続けます。

比丘尼といえば色比丘尼に浮世比丘尼、
ああ、尤もなぁ、お前のようなしわしわ婆では
買い手も付かねえだろうがなあ!
へっ!


あまりの言葉に妙晴は言い返さずにはいられませんでした。

女子がこんな比丘尼の身なりでもせずば、
一人で暮らせぬ難儀を、そなたとて承知であろう!


早口で怒りを顕わにします。

それを承知でそなたは比丘尼を口汚く罵ろうと、
その了見が気に食わぬ! このたわけが!!


我を忘れた彼女の怒りが爆発しました。
これにはやくざ者たちも黙っていません。
二人に襲いかかってきました。
妙晴が赤鞘を突き飛ばし、としとともに走り出します。

待ちやがれ!

三人のやくざが後を追ってきます。
妙晴の機転でひとまず茶屋に身を隠しますが、
窓からはやくざ者の姿が見えます。

ここで詫び代を渡せば…

としは今、慰謝料を幾らか払えば、
ゆるしてもらえるのではないかと提案しますが、

お店の身代まで取られますよ!

妙晴は店が乗っ取られるようなことになってはいけないと、
としの考えを却下しました。

おそるおそる外を覗く妙晴、
やくざ者たちの姿は見えません。
としを手招きし、外に出ます。
ようやく、店に戻れるかと思いきや、
左から連中の大声が聞こえてきました。
慌てて手近の納屋に身を隠します。
外からはまだやくざ者たちの声が聞こえてきます。
逃げ場を失ったとしと妙晴は、
納屋にあった莚や炭樽の陰に身を潜ませることしか出来ません。
早く、奴等がいなくなってくれることを願いつつ…

誰かがこの納屋に近づいてきました。
そして、ついに戸が開けられてしまいます。

その男は納屋の中の物を手当たり次第、ひっくり返しています。
明らかに二人を捜しています。
見つかるのは時間の問題…、最早これまでかと諦めかけたその時、
ついにとしが身を隠していた莚が取り払われ、
彼女が見つかってしまいました。
炭に汚れ、怯えた顔を上げるとし。

おとし殿? はやり、おとし殿でございましょう?

現れたのはあのやくざではありませんでした。

憶えていらっしゃいますか?
三月ほど前に見合いを致しました蔵之介にございます。


なぜ、こんなところにあの時の?
現れたのが恐れていたやくざ者たちではなかったものの、

…はい。

と、としはうつむきか細い声でしか返事が出来ませんでした。

いえね、表筋の茶屋から出てこられたのを見かけまして、
よもやと思って、無礼を承知で後を追って参ったんでございます。
あの時はまともにご挨拶もかなわなかったもんで


としにあの時の忌まわしい記憶が蘇ります。
見合いの席での粗相、
よりによって、あの彼がここにいるのです。

…その節はまことに不躾な…様を

声を絞り出すとし。

あの…、何を言ってらっしゃるのですか?

蔵之介の口は、心当たりがないと言っています。

詫びをせねばと…

今度は少しだけ顔を上げたとし、
あの時の無礼を謝罪しなければと。

詫び?

蔵之介は笑顔で、
思い当たらないことを伝えています。
恥ずかしくて消え入りたいとしには、
もう返す事の出来る言葉は思いつきませんでした。
これ以上説明しようとすると、
自分の口からは言いたくない言葉を使わねばなりません。
またうつむき、黙っていると、
蔵之介は

ひょっとして、あの…、音を鳴らした、
あの時の事を気にしてらっしゃるんじゃ…?


と、ここで初めて気付いたかのような素振りを見せ、
としを安心させるために明るい調子で続けます。

なあに、あんなものは屁でも何でもねえ!

それは彼女を気遣う蔵之介の言葉でしたが、
としはさらに身を縮ませてしまいました。
「屁」という聞きたくなかった言葉が、
あの蔵之介の口から出たからです。

あわてる蔵之介。
彼女の方へ身を乗り出し、

あっ、いや、あの、その、あれは屁ではございましたが、
今、手前が申し上げたのは、その、お互いが気に留めるほど、
大層なものでもなんでもないと、
そういうつもりで申し上げたのでして


何とか身を縮ませている彼女の気持ちを和らげようと、
言葉を選んで説明を続けました。
そして、蔵之介は彼女を追ってきた本当の理由を明かすことにしました。

いや…、ずっと思っていたのでございます。
お前様のことを。


あまりに意外な言葉に呆気にとられているとしは、
顔を上げ、それまで見る事が出来なかった
蔵之介の顔を見つめていました。

あの時…、恥じらいを見せ、
顔を赤らめましたお前様のことが、
頭から離れないんで…


両手をぎゅっと握りしめ、
ただ聞いているだけのとしに、

それに一緒に暮らしたら…
恥ずかしいものでも何でもなくなるでしょう?


蔵之介は求婚したのでした。

ただ呆然としているとしでしたが、
その時、外がまた騒がしくなってきました。
あの男たちの声です。
追われていることを悟った蔵之介は、
ここに居続けては危ないと、
近くにある自分の船で二宮橋まで渡ってはどうかと提案しています。

まさしく渡りに船の救い手に身をまかせ、
彼の合図を待ち、
としと妙晴は裏に来ていた彼の船に乗り込みました。
船に用意してあった莚を被り、身を隠します。
それを確認した蔵之介は、舫いを解き、
急いで自分の草履を脱ぎました。

その草履を船頭に渡しながら、

男物で御免蒙るが、と言って、
岸に着いたら、娘さんにこれを


裸足のままのとしを気遣っていたのでした。

やくざ者たちがいないか辺りを見回しつつ、
桟橋から船を見送る蔵之介、
莚の下からとしと見つめ合います。
するとまた例の男たちの声が聞こえてきました。
としは体を小さくして、莚の下でやり過ごす事が出来ました。



もうあたりは真っ暗です。
家では朝出ていった娘が
未だに戻らないことを両親が心配していました。

何があったのですか!? こんなに遅くまで!

帰宅したとしに対し、母のふくが取り乱しています。
これ以上出来ないぐらいに腰を曲げて、
謝り続ける妙晴に

今、若い者を手習い指南所まで行かせようとしていたんですよ。

父の弐右衛門の声にも怒気が含まれています。

もう! どれほど、気をもんで待っていたか!

妙晴に対する叱責が続きます。

親の身にもなってみて下さい!

妙晴は全ての責任を負う覚悟でした。

全てはこの妙晴の落ち度でございます!

頭を下げて謝る事しか出来ない彼女でしたが、

もう、妙晴殿に娘の付き添いは頼みません!

母親は許してくれそうにありません。
それでとしが責められずに済むならと、
妙晴はそう考えていました。

だいたい、妙晴殿は…

と、妙晴のへの攻撃が続けられようとしたその時、

待って下さい!

母親と妙晴の間にとしが割って入りました。

悪いのは皆、このとしのほうです!

突然、としが責任は自分にあると言い出したため、
慌てて妙晴がそれを否定します。

いけません! 偽りを口にしては!

としに落ち度はなく、自分の過ちであると、
妙晴は譲りません。

まことの事でありましょう?
下駄を落としたのもこのとしのほうです。
それに、私が梅を見に参りましょうと申し上げた事から始まったのです。


事の真相はこうだと話すとしでしたが、
それが真実だと両親に思われてはいけないと考える妙晴は、

梅を眺めに、とはこの妙晴から言い出した事、
それに道を失ったのもこの妙晴の思い込み違いでございますし、
騒動を招いたのも、この妙晴の…


と、科負いとして全てを背負い込みます。
しかし、

自分の不始末は自分で負わねば!

と、としも譲りません。
妙晴も、

も、もう…、おとし殿は
妙晴の不始末のぶんまで負おうとなさっておるんで…!


そして、としも自分こそに責任があると言い続けています。

そんなことはありません!

責任の被り合いに業を煮やした母親が

いいかげにんに…

と口を挟もうとした時、
としが母の方へと向き直り、

もし、妙晴様のお付き添いがかなわないとなれば、
このとし、明日から部屋に籠もり、外へと一歩も出ません!


今度はとしと母の間で言い争いが始めました。
この日の朝、出かけるまでは、
ただのおとなしい自己主張もしない娘だったはずなのに。

妙晴にはもう頼まないと言い張る母と、
自分に責任があるのだからと、
妙晴には今後も側にいてもらうと譲らない娘。

最後は

もう、よい

父・弐右衛門の一声で言い争いは終わりました。

まずは足を濯ぎ、部屋に上がりなさい。
お腹も空いただろう。話はそれからだ。


父の穏やかな声には、皆黙るしかありませんでした。

本日のところはこれにて失礼して、
また明日にでも


妙晴が頭を下げて出ていこうとしています。
それを引き留めたのも弐右衛門でした。

いや、妙晴様もお上がり下さい。
いやあ、なんやかやとあっても、
本日は娘が三月ぶりに表に出ためでたい日、
ささやかな酒肴を用意させています。


恐縮して

そんな手前などにはもったいのうございます…

辞退しようとする妙晴でしたが、

さあ、参りましょう?

と、笑顔で招き入れようとしているとしには、
妙晴も彼女の右手を握りしめない訳にはいかないのでした。



ひと月後。

としの身を包んでいるのは花嫁衣装でした。
自信を取り戻したとしは、この日、
蔵之介の元へと嫁ぐのです。

その時、沢嶋雄一には思い出したことがありました。
それをとしに質問します。

女筆を学ぼうとされたのは
お詫びの手紙を書きたかったからだったんですよね? 蔵之介さんに。


小さく頷くとし。
その横で、沢嶋を睨んでいたのが妙晴で、

もうようございましょう? 今更、無粋なお話は。

半ばあきれ顔です。
そんな妙晴の目には涙が浮かんでいるようにも見えます。

二人に謝罪とお祝いの言葉を述べた沢嶋は、
この時代を去る事にしたのでした。






ねてしてタペ



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