甲南医療センターの専攻医(旧称:後期研修医)だった高島晨伍さんが
過労自殺したいうこちらの問題。
自殺は2020年5月のことで
第三者委員会は高島さんの時間外労働を
同年4月が197時間36分ととして、
5月も亡くなるまで約133時間だとしているようです。
院長はここに多分の自己研鑽や睡眠の時間が含まれるとしているのですが、
この自己研鑽という言葉が曲者です。
あと、一般論としてオンコールも医師らを苦しませる要因でしょう。
医療機関でも働き方改革が求められていて、
できる限り残業させないという方向のところも多いか思うのですが、
そこにはオンコールも含まれるわけです。
入院患者がいるところ、救急があるところなどは
夜勤や夜間の当直があるわけですが、
それとは別に設けられているのがオンコールです。
オンコールは、患者の急変などにより、
スタッフの手が足りない場合に
呼び出されてもいいようにしておくバックアップ態勢です。
待機なので自宅で過ごしても外出してもいいのですが、
呼び出されたら駆けつけられる場所にいないといけません。
心置きなく酔うこともできません。
そして、何もなければ手当も出ないことが多いのではないでしょうか。
中にはオンコールで呼び出されての医療行為だったのに、
時間外手当が支払われないというケースもあります。
夜勤は文字通り夜に働くことで、
当直は病院内には、いるものの休むことができます。
ただ、当直なのに、病院側が実質夜勤の仕事をさせていることもあり、
勤務医の労働環境は劣悪のことが珍しくありません。
そして、自己研鑽。
経験を主軸に診療していた時代の医師とは違い、
今はevidence-based medicine、根拠に基づく医療、EBMが求められます。
エビデンスは日々更新されますので、
医師は常に勉強しておく必要がありますが、それも自己研鑽です。
たとえ、担当患者のために論文を探していてもです。
気になる症状、その治療法を調べ、カルテをまとめていても、
自己研鑽でひとくくりにされることも。
また、論文の準備になりますと、これまた大変で、
それはたしかに自己研鑽の部分もあるかと思いますが、
そうして発表された論文が病院の手柄になっていることもあるのです。
そしてね学会発表の準備があり、
各専門医になるためには、規定された回数の学会発表や論文が必要になります。
これも若手医師らに重くのしかかってきます。
病院側は「休め」と言いますが、
本当に休むと患者が死ぬ世界、現場が回らない世界がそこにあります。
それかわかっているから、医師は無給で患者に対応しますし、
それに甘えているのが病院です。
ただ、そんな医師らに甘えているのは私たちも同じなのでしょう。
医療機関の多くはギリギリで、赤字のところも少なくありません。
全ての勤務医にオンコール手当や時間外労働をきっちり支払いますと、
続々と閉院となっていくかと思います。
医療機関を潰さず、それらの給与が支払われると、健康保険では賄いきれず、
健康保険料を大幅に上げるか、
現在の1割~3割を、3割~5割にでもしないと成り立たなくなるかと思います。
あるいは国債発行で対応するという方法もあるにはありますが。
また、給与の有無は別にしても、
忙しすぎる現在の労働環境を変えるには、
勤務医を増やすしかありませんが、
それにも当然、予算が必要なのです。
厚生労働省の平成24年就業構造基本調査によれば、
1週間の労働時間が60時間を超える医師は41.8%だそうです。
医師の仕事には入院の説明や診断書の作成も含まれます。
国が働き方改革を進める中、
一般の労働者で年間の時間外労働は合計720時間以下とされているのが、
医師だと最大「年1,860時間以下/月100時間未満(休日労働含む)」となります。
https://www.mhlw.go.jp/content/11201250/000859949.pdf
国が過労前提の勤務体系を認めてしまっているのですから、
離職する医師、自ら死を選んでしまう医師が跡を絶たないわけです。
そして、過労状態にある医師は医療事故を起こしやすくなります。
私たちが当たり前に享受してきた医療が失われる原因にもなるのでした。
以下には痛ましい事例が多数紹介されていますので、
ぜひ、ご覧ください。
https://www.mhlw.go.jp/content/10800000/000539456.pdf
亡くなられた高島晨伍さんの代理人は川人博弁護士とのことで、
彼は電通の新入社員で過労自殺した高橋まつりさんご遺族の代理人でしたね。
今の働き方改革の流れはこの事件が大きく関わっていそうですが、
今回のケースは医師の労働環境を変えるきっかけになるのでしょうか。
それは、私たちにとっても痛みを伴う改革になるかもしれません。
あと、院生のただ働き問題もあったりするのでした。